映画「gifted!」。優れた才能を持つが故に、普通の暮らしから隔離されたら?

それは、しあわせなんだろうか?

映画「gifted」を観ました。

母から普通の人としての成長や暮らしや楽しみを英才教育という名のもとに奪われたら?

母と娘、もしくは親とこどものしあわせの定義が違ったら?

親は決してこどものしあわせを望まぬはずはない。

けれども、何を選び取るか?その選択肢を奪ってはならない。

「自分で選べない時期」はそう長くはないのだから。

正しく選べるように育てれば良いだけで、その選択を奪ってはいけない。

間違いさえも当人の選択なのだと思う。

人生は、その人のための人生だから。

天才も障害者もみんな同じ。

今生の役を演じるだけで、貴賎はないのだと思います。

与えられた「ギフト」で今を生きる。

どう生きるか?だけは皆平等に自由意思。

羨望も侮蔑も他者が当人の与り知らぬ所で抱いた感情で、厄介です。

このおばあちゃん、気の毒な人だと思います。

愛する娘を亡くし、孫を見捨て、息子とも折り合わず、2人静かにしあわせに暮らしている孫と息子を引き離そうと訴訟を起こし、、。

「望み」ってみんな同じじゃないけど、当たり前のことが当たり前に出来ることが「しあわせ」だと思います。

望みを叶えるのがしあわせだと思っているけれど、望みが叶うとより良く生きれてしあわせになれると考えるからだと思いますが、

望みを叶えるために、今あるしあわせを諦めるのは間違いです。

欲望を抑えるのと混同しています。

そんな馬鹿げた子育てを教育という名のもとでやってしまう親や指導者の多いこと。

このおばあちゃん、きっと自分のこともなにもかも、不満だらけで後悔ばかりしているんじゃないかしら?

失敗したから、よくわかるのです!

子どもに直にはなかなか言えませんが、ごめんなさい。の多いこと。
心当たりのある方もない方も、読んでくださってありがとうございます。
映画「私は、ダニエル、ブレイク」を観ました。 – le cielhttp://623ch.com/archives/1030

映画「はじまりへの旅」を観てきました。 – le cielhttp://623ch.com/archives/1035

この記事を書いた人

mu-chan

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子どもたちが成長したのを機に、日々の探究を綴っていこうと思います。

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興味のあることを学んだり、便利な機械を使いこなしたい。けれども、機械オンチで苦労するし、なかなか思うように使いこなせない。
特別なスキルなし。

食べることが好きなのでなんでも手作りしてみます。
出来たものは誰かと一緒に食べて、喜ぶ顔が見たい。ときどき化粧品なども手作りします。
旅と旅の出会いが好きです。瀬戸内の穏やかな海が好きです。

過去に反省点もてんこ盛りですが、出来る力を出し合って、より良い日々を紡ぐ。そんな楽しく助けあえるコミュニティづくりを探求中。

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